制限や規制はできるだけ緩やかに決められてきた。事実、緩やかな規制を緩めに緩めてきたのが日本の都市計画の歴史であり、それが一九八〇年代の首相の「規制緩和」「民間活力」で頂点に達したのであった。バブルとその破裂、つまり都市計画の失敗が、国民一人ひとり、あるいは日本経済全体にあたえた打撃は計り知れないものがある。住宅や家賃がとてつもなく高くなったし、毎日の通勤時間は長くなるばかりである。一生背負いこむ住宅ローンと高い教育費の重圧で子どもを持つことをためらう若い夫婦がふえるなど、社会全体のひずみも目立つ。
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多くのサラリーマンにとって「生活大国」は夢のまた夢になっているが、それはとりもなおさず、まさに都市計画の失敗なのである。バブル時代の地価高騰にたいする国民の激しい怒りのまえに、政府・自民党も一九九〇年に「土地基本法」を国会で成立させた。その第二条はいう。